台詞が全然入っていないという夢を見た

――役者として今回、こんな自分に出会いたい、こんな面を出していけたらなど思っていることはありますか。

東出 設定は遠いカナダの話ですが、欲求に対してストレートだったり、自分の行いに対して良心の呵責がなかったりする人って、目の前にいたら相当怖いと思うんです。付け焼刃でワルっぽいふりをするというような薄っぺらいものではなく、そういう迫力をまとった本物に見えればと思います。

「見えれば」というのは表現で見せるということではなく、本人が普段からそういう空気を纏っていることでもあると思うですね。「本当に危ない人たちが馬鹿なことを言っている、こんなどぎつい芝居はなかなか見たことがない」。そうお客さんに言ってもらえるような、重厚なものになればと思います。

――日澤さんとは今、どんなお話をしているんですか。

東出 日澤さんと、ドニーという尾上さんのやる役について話していたときに、僕が「もしドニーをやるとしたら、舞台上で失禁するかも」と言ったら、日澤さんが「全く同じことを考えていた」って。それはあくまでイメージで、実際にそうするということではないのですが。日澤さん曰く「丁寧に積み上げて、汚くする」と。

――脚本を読まれたときはディックの目線で読んだんですか? ドニーのほうがやりたいとかなりませんでしたか?

東出 それはありませんね。でも、読んで「あれ? 俺、ずっと舞台上に居る!?」とは思いました。素人みたいな感想ですけど(笑)。本当にうまくできた構成の4人芝居なんですけど、僕がまず3人にひとりずつ会って、どう対応するかというのがあり、その後、顔を合わせる。バグといるとき、トニーとそしてビリーといるとき、それぞれの間合いがそれぞれあり、リズム感が非常にいい戯曲だと思います。ディックは大変興味深い役なので、演じることは光栄だと素直に思います。

――ずっと出て、ずっと喋っていますよね。

東出 台詞を覚えるときは腹をくくらないとできないので、大変とは考えないようにします。この前、台詞が全然入っていないのに舞台に立っていたという夢を見たんです。きっとそれなりのプレッシャーが僕の中にあるんだなと思います。

10月から稽古なのに、8月の頭にそんな夢を見ているなんて(笑)。僕自身、楽しみにしていると思っていたんですけれど、気合が入っているんだな。

 

――東出さんはどうやって台詞を覚えるんですか。

東出 その台詞の意味をまず考えます。一言一句、違わないようにではなく、何回も繰り返し読んで「このシーンでこいつは何を言いたくて、どういうふうに相手との距離感を計っているんだろう」と考える。意味を入れていると、だんだん記憶されて台詞が入ってきます。

一気に集中するよりも短時間に繰り返すほうが僕には合っているようで、今回はなるべく長いスパンで台本を開いては閉じて、開いては閉じて……と、今やっているところです。

――体を動かしながら覚えるという方が多い気がします。

東出 そうですね。脳科学者の茂木健一郎さんの本で読んだんですけど、脳って考えているとエネルギーを発散したいらしいです。だから、将棋の棋士が体を揺らしたり、扇子をパチパチやったりするのは、体からエネルギーを出して、考える脳に直結させているそうです。キムラ緑子さんは歩きながら覚えると言っていましたけど、僕もそうです。ずっと座って読んでいても台詞は入ってこないから、台本を持って家の中をぐるぐる回ったりします。

――これまでに台詞が出てこなかったことはありますか?

東出 ないです、ないです。

――それでも忘れる夢を見てしまうものなんですね。

東出 見ますね、怖い夢。「こいつの努力が圧倒的に足りなくて、どうしようもない」と思われたら、次はない仕事ですから。もちろん努力というか、準備をするのは最低限のことなんですけど、その準備すらしていなかったという夢は絶望です。ああ、想像したくない(笑)。

――それだけ今回は楽しみであり、気合いが入っている?

東出 そうだと思います。おっしゃる通り、今回は挑戦です。ヨットで太平洋横断くらいの。もちろん、やったことはないですけど、行ったことのない距離と時間を、風に煽られればどうなるかわからないヨットで、台風が来るかもしれないのに行ってみるというような、長期の航海にも似た挑戦です。それほどの気持ちが自分の中にはあります。