「いい気になりすぎだぞ」加藤浩次の苦言

30歳にして3本の番組で総合演出を務めていた頃、メディアは「深夜のカリスマ」としてマッコイを取り上げた。一度は制作会社を辞め、いつか業界に戻ってやると肉体労働に明け暮れていた彼は、その時は業界に戻るどころか、ひとつの大きな渦を作り出していた。

「その頃は、また調子に乗ってたと思います。っていうか、単純に地位も名誉もお金も手に入れて、周りからは深夜のカリスマとして持ち上げられて、調子に乗らないなんて損だと思ってたから(笑)」

その頃、調子に乗っていたマッコイに苦言を呈する人間がいた。それが加藤浩次である。

「国道246を車で走っていて、渋谷に差し掛かったあたり。僕がゴールデン番組の演出に難癖をつけてたら、加藤が“お前、深夜のカリスマって言われて、いい気になってたらダメだよ。ディレクターはゴールデンやってナンボだよ。お前はまだゴールデンで結果を出してないから、一流じゃない、二流だよ”って。

僕の中では、別に深夜だろうがゴールデンだろうが、演出は演出じゃん。なんでそんなことで突っかかってくんだよと思って、そこからちょっと加藤と疎遠になるくらい言い合いになりました」

加藤は、深夜のカリスマという肩書だけで満足しているマッコイの状況が歯がゆかったのだろう。時を同じくして、マッコイを慕い、激励し続けたネプチューンの堀内健のつながりで、とんねるずの石橋貴明と出会い、『とんねるずのみなさんのおかげでした』のディレクターとなり、のちに総合演出も務めることになる。

「今でも忘れないですよ。貴明さんに誘っていただいて、初めて現場に行ったときのこと。フジテレビのゴールデン番組のスタッフさんの……あの独特の緊張感と威圧感のなかで、突然、何者かもわからない僕を紹介してくださった、あの時の空気。今でも忘れないです」

深夜のカリスマと呼ばれていたマッコイが、ゴールデンで、しかも『とんねるずのみなさんのおかげでした』という人気番組でディレクターを務めることになった。そして、そこで結果を出し、ディレクターから最終的に総合演出まで務めることになった。紆余曲折はあったものの、加藤浩次が呈した苦言を彼はクリアしたのだ。

「人間レベルで言ったら、加藤のほうが数倍上なんですよ。人としても、先を見通す力にしても、子を持つ親としても(笑)。あのときの加藤の言葉は、調子に乗ってた俺に対して、“もっと上を目指せよ、もっと評価されて、一流になれよ”って、あいつなりのエールだったんですよね。今となってはわかります」

▲人間レベルで言ったら加藤のほうが数倍上と断言した

50代のマッコイ斉藤が新たに挑戦したいこと

地位も名誉も、それこそゴールデンの人気番組で総合演出を務めたマッコイ。さすがにここ最近は土壇場がないだろうと思い、話を振ると「いやいや!」と頭を振った。

「今だって土壇場ですよ。毎日が土壇場。自分の会社を切り盛りしていくって、そういうことですから。ただ、ここ数年の大きな土壇場という話になると、やはりゴールデンの番組が終わったことですかね。でも、ありがたいことにYouTubeという場所を見つけて、本当に面白いと思うものを撮ることができた。そこでひとつ決めていることは、再生回数を気にしない、です。

それはテレビをやっている頃、視聴率というものに一喜一憂して、苦しかったからなんです。数字を上げるためのキャスティングを要求されて、そのときはその通りに従っても、結果が出ないと後悔するんですよね。あと、数字を気にすると、似たような企画とかどこかのパクリになっちゃう。それよりも、たとえ視聴率が取れなくても、自分が面白いと思って撮ったものはあとあと残るって身に染みてわかったんです」

10代のマッコイ青年は、テレビに夢があると思って業界を志した。では、いま10代の青年だったら、どの業界を目指すのだろうか? そう聞くと、彼は「映画かドラマですね」と即答した。

「テレビに夢がないというわけではなく、最近Netflixの韓国ドラマをよく見るんですけど、『マスクガール』を見て、“ああ、これ日本じゃできないだろうな”と思って、すごく羨ましかったんです。造り手に芯があって、良い意味でワガママ。僕が若かったら、韓国ドラマの面白さを見て、日本のドラマの世界を変えてやろうと思ってるかもしれませんね。

日本でも最近『サンクチュアリ-聖域-』ってあったじゃないですか。主役も人気者じゃないし、相撲界のタブーに切り込んでいて、すごく面白いなと思って見てたんです。あの脚本やってる金沢知樹って、仲のいい後輩作家だったんですよ。すぐに連絡しました、“すごいな!”って。同じく作家で、ドラマで脚本もやってるオークラもそうですけど、昔から知ってるヤツが、それぞれのフィールドで結果出してるのはうれしいですよ」

今回、マッコイが書籍を出すと聞いて、意外な気持ちがあった。正直、自身の半生や仕事術に関して語るのは、野暮だと思うタイプの人間だと感じていたからだ。

「これまでは書籍のオファーを全部断ってたんですよ。偉そうに笑いを語ったり、自分の半生を書いて、金儲けしようなんて全く思ってなかったです。実際に友達に“本のオファーが来てるんだよね”って言ったら、“てめえのバカみたいな人生の本なんか、誰が買うんだよ!”と言われましたしね。

意識が変わったのは、コロナがあって、体験したことのない世紀末感を感じたこと。緊急事態宣言で、“ロックダウン? 外に出ちゃいけないの?”みたいな。自分としてはここ2~3年、仕事らしい仕事をできた感覚がなくて……。53歳になって、子どもも大きくなったタイミングで、何か残してもいいかな、と。売れなかったら売れないでいいやって(笑)。

この前、ポロッと“もうテレビはいいかな”と話したら、同い年のホリケンさんから“最後にもう一花咲かせてくださいよ!”と言われたんです。それで、50代は別の咲き方ができるのかもしれないな、と思うようになった。ホリケンさんはいつも俺の背中を押してくれるんです」

メディア関係なく、いつまでもプレイヤーでありたい。そう語るマッコイには、新たな野望があるという。

「最近、ありがたいことに企業の方からVTRを作ってほしいという依頼が来るんですけど、そこの社長さんとか理事長さんとお話しすると、皆さん共通して“技術や想いを後世に残したい”とおっしゃるんですよ。それを聞いたとき、自分の会社の若い子には編集技術とか企画の立て方を教えてきた。でも、それだけだったな、それじゃ広がりがないよなって気づいたんです。

この先、ディレクターや演出家を目指す人たちに向けて、学校とか、そういう学べる場を作って、自分の考え方や技術を教える場を作るのもいいかなと考えてます。作品以外でも何かを残したいと思えたのは、この年齢になったからでしょうね」

そう語る彼の眼差しは、10代で山形を飛び出した日と同じくらい、大きな野心に満ちているように思えた。


プロフィール
 
マッコイ斉藤
テレビディレクター。演出家。「株式会社 笑軍」代表取締役。山形県最上郡生まれ。山形県立新庄農業高等学校卒。ビートたけし氏に憧れて上京し、お笑い番組『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』でディレクターデビュー。極楽とんぼ、ガレッジセール、おぎやはぎ、恵比寿マスカッツなどと共に深夜番組を中心に活動を開始。その後『とんねるずのみなさんのおかげでした』の総合演出に抜擢されると、「全落・水落 シリーズ」「男気ジャンケン」などのヒット企画を世に送り出した。現在は『大久保佳代子のずたぼろごるふ』『鷹BAKA軍団』YouTube では『貴ちゃんねるず』『TOKYO BB returns』、Abemaテレビ では『芦澤竜誠と行く ぶらり喧嘩旅』『格闘代理戦争』などを演出。X(旧Twitter):@MACCOI_SAITO、Instagram:@maccoi_saito