ある悩みを持った下級武士
根岸鎮衛は寛政十年(1798)から文化十二年(1815)まで、南町奉行の任にあり、名奉行と称された。
その根岸が在任中に書き留めた随筆『耳袋』に、「異物又奇遇ある事」として、つぎのような話がある。
加賀藩の江戸藩邸に住む、ある下級武士は巨根だった。
そのあまりの大きさに、結婚もままならなかった。遊里に行っても、その陰茎を一目見るや、さすがの遊女も尻込みし、誰も相手をしてくれない。
そのため、武士は壮年になっても童貞で、
「ああ、女を知らずに一生を終わるのであろうか」
と嘆いていた。
ある日、ひとりで浅草の浅草寺に参詣し、
「どうか、女と交わりができますように」
と、祈願した。
帰り道、山下を通りかかると女郎屋が軒を並べている。
「お屋敷さん、お寄りなさい」
けころがしきりにさそう。
武士は一軒の女郎屋にあがると、自分の身の上を正直に打ち明けた。
話を聞いて、女たちが武士のまわりに集まってきたが、みな半信半疑である。
「けっして嘘ではない。誰か、みどもの相手をしてくれぬか」
「では、見せてください」
武士は自分の陰茎を引き出し、女たちに見せた。
驚くやら、笑い出すやら、みな大騒ぎになった。
「これでは無理です」
誰ひとり、進んで相手をしようという者はいなかった。