けころがした「支度」
そんななか、とくに笑うでもなく、黙って考えている女がいた。
武士は女に頼んだ。
「どうか、みどもの相手をしてくれぬか」
「ためしてみてもようございます。しかし、きょうは無理です。支度をしなければならないので、あす、お越しなさい」
「そうか。では、あす、必ずまいるぞ」
翌日、武士は女郎屋に行き、けころと寝た。とくに支障もなく情交することができた。
感激した武士は楼主に掛け合い、相応の金を出して女を身請けし、妻とした。
寛政の改革で山下の岡場所は取り払われたから、それ以前のことであろう。
けころはどんな「支度」をしたのだろうか。気になるところだが、肝心なことは書き留められていない。
事実と言うよりは、一種の都市伝説であろう。もっともらしい噂として流布した、艶笑譚のたぐいかもしれない。
図3に山下のにぎわいが描かれているが、刊行年からして、岡場所が取り払われた後である。つまり、このなかに、けころはいない。