退職する代わりに妻が出した3つの条件
4月、職場復帰すると、僕の退職天秤はこれまで以上に激しく揺れ動いた。税理士さんに退職後のお金まわりを相談したときは、保険料や年金など、さまざまなお金を会社が負担してくれていたことを教えてもらった。会社を辞めたあと、仮に1万円稼いだとしても、税金などが引かれるので、まるまる1万円もらえるわけじゃないことも教えてもらった。このとき、僕の天秤は「辞めない」に大きく傾いた。
5月、会社の内外で、さまざまな人に相談した結果、辞めていない人は「辞めるな」と言い、辞めた人は「辞めてもいいんじゃない」と言う確率が高いことに気づいた。仲良しの作家・飯塚大悟さんが「辞めた人で“辞めなきゃよかった”と言ってる人は見たことない」という言葉をかけてくれたのが、今でも印象に残っている。僕の退職天秤の「辞める」に飯塚さんを乗せた、あの人デカいからだいぶ響いた。
もちろん、妻にも相談した。家庭のことを考えたら「辞めない(=安定)」を選んでほしいに決まってるのに、僕の退職天秤の傾きを察してなのか、妻は僕が会社を辞める前提で話を聞いてくれて、そこに3つの条件を出してきた。
- 毎月の収支をしっかり出すこと
- もしものときのために通帳の暗証番号などを共有しておくこと
- 会社を辞めるからには「ブチ抜く」こと
僕はハッとした。会社を辞めてイヤなことから逃げて「好きなことで生きていく」のは、なんとなくミニマムな生活になるのかなと思っていた。そうじゃないじゃん、会社を辞めるということは、もしかしたらブチ抜いて1億円稼ぐことだってできるかもしれないじゃん。ブチ落ちて1円もなくなる可能性だってあるんだけど。
なんて素晴らしい妻だ、ありがたい。ちなみに2024年4月現在、1.2.3.どれも達成できてない。だらしない僕にとっては、1.2.のほうが3.より難しい。
退職天秤が振り切れた「6月・築地イタリアン事件」
そんな僕の“退職天秤”が、完全に「辞める」に振り切れた出来事があった。
「6月・築地イタリアン事件」だ。
その日、僕は家族4人で築地にイタリアンを食べに行くことにした。新鮮な魚をそのまま食べるのではなく、カルパッチョやアクアパッツァなど手間を加えて食べようという、貴族の遊びをしようとしていたのだ。
12時頃、いざ店に着くと、まさかの大行列、日本にはこんなに貴族がいたのか。店員さんから「13時頃のご案内になる」と伝えられた。
しかたない、13時まで築地を散策しようと歩いていると長女が
「おなかすいた」
とグズり始めた。ご案内まであと40分くらいだから我慢してくれと思ったが、空腹散歩はかわいそうなので、何かおなかに入れようとなったところ、娘は「マグロ丼が食べたい」と言い出したのだ。
ちょっと待ってくれ、それはつなぎではなく完全にメインディッシュじゃないか……しかし娘に罪はない、僕らはフードコートでマグロ丼を注文、着丼まで15分かかるという。待っているあいだに長女は「これ食べたい」と、レジ横にある“鯛めしおにぎり”を指さした。しかたなく僕は、その鯛めしおにぎりを購入し、娘2人はイタリアンを待っているあいだに食べるマグロ丼、を待っているあいだに鯛めしおにぎりを食べた。
なんだ。このメシ待ちマトリョーシカは。鯛めしおにぎりを食べ終わると、ほぼ同時にマグロ丼が出来上がり、娘2人がマグロ丼を完食すると、ほぼ同時に13時となった。
家族でイタリアンの店に行ったら1時間待ちと言われて迷ったけど待つことに。でも娘が空腹我慢できないとなり近くのフードコートで鉄火丼を頼むことに。でもその鉄火丼もなかなか来ず我慢できないとなりおにぎりを買わされた。メシ待ってる間のメシ待ってる間にメシ食べてた。メシ待ちマトリョーシカ
— たかはし(TP) (@takahashigohan) June 15, 2022
再びイタリアンの店の前に向かうと、店員さんから「まだ全然っす、あと30分くらいかかります」と言われた。そこで我々は完全に心が折れてイタリアンを諦めた。空腹の貴族は平民に戻り、吸い寄せられるように観光客向けの海鮮丼店(英語メニュー完備)に入った。その店も混んでいて、本来2人席であろう正方形の机の四辺に家族4人が無理やり座らされた、麻雀卓かと思った。
僕と妻は娘2人から遅れをとる形でマグロ丼を食べた。だったら、フードコートで食べればよかったし、あっちのマグロ丼のほうが安くておいしそうだった。あぁ貴重な休日のお出かけが……。
帰り際、スマホに目をやると、僕が大好きな日本ハムがロッテにボコボコに負けていた。本当にひとつもうまくいかないお出かけだった。
そんな最悪のお出かけから帰ってきて、妻が僕に言った。
「なんか、面白かったね」
僕も同じことを思っていた。
何もかもうまくいかないけど、なんか、面白かった。
これでいいんじゃない?
これがいいんじゃない?
うまくいかなくても、面白ければ大丈夫な気がした。文章でどれだけ伝わってるかわからないけど、この「築地イタリアン事件」が最後の決め手となり、僕は会社を辞めることを決断した。
天秤を動かした最後の決め手は「なんか面白そうだから」だった。
「なんか面白そうだから」を「辞める」ほうの皿に乗せたときは、きっとどうかしてたと思う。冷静だったらそんなものを天秤には乗せない。乗せるとき「うぉりゃー!」と言ってたと思う。バカにならないと会社なんか辞められない。もしかしたら天秤ごとバグってたかもしれない。
会社を辞めるということは、天秤をバグらせるということ。
もし今、会社を辞めるかどうか悩んでる人がいたらぜひ連絡ください。あなたの天秤が「辞める」に傾く話をたくさんします。