私がポンコツだからキノコ掃除なの?

しかし、料理の知識だけでなくフランス語もわからなかったため、フランスに行ってからはさらに大変なことばかりだった。

「一応、日本でもフランス語の日常会話のCDをたくさん聞いて、フランス語学校にもちょっとだけ通ってから行ったんですけど、やっぱり全然わからなくて……。最初はキッチンに辞書を持ち込んで働いてました。少しずつ言ってることがわかるようになって、自分の言いたいことを伝えられるようになったのは、半年くらい経ってからです」

言葉がわからなかったことで、こんな出来事も。

「昼のランチが終わったら片づけして、みんな昼休みに家に帰るんですよ。でも、その日はなぜか“奈緒はそのまま残って、キノコ掃除をしてくれないか。その代わり、夜のサービスは出なくていいから”って言われて。

本当にそれだけのことだったんですけど、その時の私は自分が全然使えないポンコツだから、“お前はキノコだけ掃除して家に帰れ。夜はいらねえ”って言われたんだと思っちゃって。

そのくらい、いっぱいいっぱいだったんです。とにかく悔しくて、“私はキノコの掃除もするし、夜のサービスも出る!”って言いたかったのに、フランス語で伝えられなくて。本当に悔しかった。涙がこぼれたら、“ホームシック?”とか言われるし。めげずにしぶとく訴え続けたら、最後はなんとかわかってくれましたけど」

大変なことが多かったフランスでの修行だが、「技術を学べたのはもちろんなんですけど、別の世界の文化に触れる経験を経て自分の視野が広がりました」と、得たものは大きかった。さまざまな経験を経て帰国し、日本で新たに料理教室を開催するが……。

「なんかしっくりこなかったんです。私は料理を教えるよりも、自分で料理を作って表現をしたいんだってことに気づきました」

日本とフランスの働き方の違いに苦悩

そこで改めて日本のレストランで働き始めた三上さんだったが、フランスでの働き方との違いにカルチャーショックを受ける。

「例えば、フランスだと、重い鍋を女性が持っていたら、『なに重いものをもっているんだ。体の作りが違うんだから』と代わってくれるが、日本だと、『そんな鍋くらいで重いとかい言うなよ』と言われる。『これをどうやるの? やらせてくれる?』と言えば、チャンスをくれるのがフランスなら、『お前にはまだ早い』と、頭ごなしに言われるのが日本。女性だからサービスに回って欲しいと言われたり。古き日本の習慣という感じでしたね」

そしてある時、三上さんは倒れてしまう。

「働き方のギャップもそうですが、何よりも、はじめからわかっていたけれど、たった1年では、そんなに料理できるようにはならないんですね。あんなに大口叩いて渡仏したのにもかかわらず、思い描く自分はほど遠くて、ある時、理想と現実に挟まれて、張り詰めていたものがポキっと折れてしまいました。

短期間ですけど鬱になってしまったんですね。毎日涙がとまらなくて、なにもやりたくなくて、生きてる価値ないと言ったり、もうずーっと寝ていました」

そんななか、再び立ち上がるきっかけになったのはフランスに発つ前から通っていたファーマーズマーケットの仲間だった。

「帰国してからも紆余曲折、なかなか結果が出ない。こんな自分じゃだめだと思いこみ、応援してくれたみんなに合わせる顔がなくって。

それでも数カ月後のある日、ふと、行ってみるかって思ったんです。おそるおそる顔を出すと、“奈緒ちゃん久しぶりじゃん!”みたいな感じでいつも通りだったんです。もう拍子抜けしちゃって、あれ? 私、何悩んでたんだろ? って、そこで一気に霧が晴れましたね。ただ自分で自分を追い詰めて、思い込みの自爆だったんです」

さらに、これからどうしていくかを迷っている時、ファーマーズマーケットで運命の出会いがあった。

フランス人のシェフに出会ったんですね。私は外国の人がいると、興味があるから話しかける癖があって(笑)。フランス語もこの時には粗いけど話せるようになっていましたから。それが、シェパニース(アメリカ・カリフォルニア州バークレーにあるレストラン)の元シェフのジェロームさんだったんです。

そこで、私が悩んでることや、そろそろ新しいことをインプットしたいことなどを相談したら、シェパニースならいつでも紹介するよ、と。私はそのレストランのことを何も知らなかったけれど、とりあえず外に出たくて、“お願いします!”と即答しましたね」

そして、そこから3カ月後にアメリカへと向かった三上さん。

「とてもシンプルな料理で最初は驚いたけれど、それがものすごくおいしい。そしてオーガニックであり、持続可能な方法で食材を育てている生産者さんをとても大切にしていて、料理には真っ当な価値がつけられている。

お店で出た野菜くずは、農家さんの畑に還したり、屋上では養蜂もしている。さらにはエディブルスクールヤードという学校菜園教育にまで力を入れているんです。『食と教育』……私が大切にしている軸、これでよかったんだって再確認しました。

極端な話ですけど、お金儲けのことだけを考えている人が得をして、食べる人や環境、地球の未来のこともちゃんと考えて頑張っている人がなかなか日の目を浴びられていないような世の中はおかしいってずっと思っています」