世界には「ヤバイ」チーズがたくさんある

世界には、ナチュラルチーズとプロセスチーズを合わせて数百種類のチーズが存在するといわれている。確かにいまやどこの国を旅しても、地酒とチーズはだいたい手に入る。

“発酵仮面”の私は、当然ながらどこの国でも地酒とチーズを堪能する。チーズは奥の深いコクと酸味、そしてぬめりとした食感が嬉しく、見た目が怪しくて、はっとさせるようなくさみがあるなど、魅力がいっぱいである。

トルコやブルガリア、ユーゴスラビアあたりの田舎のチーズ屋へ行くと、「これは本当に食べても大丈夫か」と心配になるほど、見た目が怪しいものが売られている。

▲世界には「ヤバイ」チーズがたくさんある イメージ:PIXTA

たとえば、チーズ全体が赤や黒、黄、青、灰色などのカビで覆われていて、手にとってふっと息を吹きかけるとカビの胞子がファーと舞い上がり、くしゃみが止まらなくなったこともあった。

あるいは、表面のカビを飛ばしたら、穴がブツブツと開いていて、そこから蛆虫(うじむし)がぞろぞろ出てきたこともある。今風にいうなら「ヤバイ」といった感じのチーズが、今もって世界にはたくさん存在するのである。

そして、きわどいほどのあのにおい。好事家たちは「妖しいにおい」という表現を好んで使うが、あのにおいこそ、チーズの最大の特徴なのだ。

しかし日本では乳製品の食用の歴史が浅いため、チーズの味はもとより、においが苦手という人もいる。一方、西欧人にとってチーズは、日本人にとっての漬物みたいなもので、朝食やディナー、酒の肴に欠かせない一品である。

チーズのにおいの本体は、プロピオン酸、酪酸、吉草酸、カプロン酸といった揮発性の有機酸とヘプタノンやノナノンといった特殊な乳発酵成分である。

そこにバターフレーバーまたはミルクフレーバーと呼ばれるケトン体化合物がわずかに相乗して、特有のにおいが生み出される。このとき、原料の乳や、発酵微生物の種類、製造方法などの違いによって、さまざまな個性的くさみをもつチーズが生まれるのである。

トルコで出会った170年前のチーズ

以前、トルコのクルド族の村を訪ねたとき、170年ごとに改修工事を行うという小さな祠(ほこら)があって、その日たまたま改修工事が行われていたので見に行ったら、祠の中からチーズが出てきたことがあった。

丸くてちょうど硬式野球ボールぐらいの大きさのヤギのチーズがごろごろ出てきたの
である。それは170年前の改修のときに納められたものだという。煤(すす)けて真っ黒になっていたが、私は村長に新しいチーズを用意するためのお金をお布施として渡し、その170年前のチーズを数個譲っていただいた。

そのあと、かじって食べようとしたが、硬くてとうてい歯が立たない。仕方ないので、石で思いきり叩き割ったところ、なかはやや灰色がかった黄色をしていた。おそるおそる食べてみると、これが驚くことに、口のなかで溶けてくると、まったく今のチーズと変わらない味がしたのである。とても感動したのを覚えている。

チーズは乳酸菌が乳酸をつくって腐敗菌の侵入を抑えるため、何年経っても腐らない。おかげで、日本から遠く離れた異国の地で170年間ずっと祠の中に入れられていたチーズの味にふれることができた。まったく貴重な体験であった。

チーズは栄養満点の食品でもある。乳由来の栄養に加え、乳が発酵・熟成する過程で増えたり生まれたりする有効成分がたっぷり含まれている。

まず動物性たんぱく質と脂肪が豊富で、手軽にカロリー補給できる滋養食品としてすぐれている。また、ビタミンAや B2 、カルシウムなど、各種ビタミン・ミネラルの宝庫でもある。

さらに、健康の維持・増進に役立つペプチド〔たんぱく質の分解物〕のほか、ナチュラルチーズには腸内細菌〔腸に棲みついている細菌〕のバランスをよくして、病気に対する抵抗性〔免疫力〕を高めてくれる乳酸菌も豊富に含まれているからである。


「まいにち発酵」連載中!

「まいにち発酵」と銘打って、くさいにおいを宿しているが、それが魅力でもある“魚醤(ぎょしょう)”を1日1つ紹介してきたが、明日からは“チーズ”編をお届けします。なお、それぞれの食品の「くささ」の度合いについては、小泉教授に星の数で五段階評価してもらったので、お楽しみに。

「くさい度数」について
★あまりくさくない。むしろ、かぐわしさが食欲をそそる。
★★くさい。濃厚で芳醇なにおい。
★★★強いくさみで、食欲増進か食欲減退か、人によって分かれる。
★★★★のけぞるほどくさい。咳き込み、涙する。
★★★★★失神するほどくさい。ときには命の危険も。