香港デモ、台湾総統選、ウイグルやチベットへの弾圧、そして新型コロナ…… 人類共通の敵、習近平政権のプロパガンダに騙されてはいけない! 中国ウォッチャーの第一人者・福島香織氏によると、李文亮医師の死をきっかけに知識人たちが言論の自由を訴えても、習近平政権はさらに報道統制を強め、新型コロナウイルスの真実を暴こうとする人たちを弾圧しているようだ。
※本記事は、福島香織:著『新型コロナ、香港、台湾、世界は習近平を許さない』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。
李文亮医師の遺体に無理やり行われた延命措置
中国は新型コロナウイルスが発生して以降、徹底した情報統制に踏み切りました。その結果として多くの人が、失わなくてよい命を失ったといえます。その象徴的な例は、最初に新型コロナウイルスの警告をネット上で行ったにもかかわらず“デマ拡散者”として、その言論を封じ込められた武漢中心医院の眼科医・李文亮医師ではないでしょうか。
李文亮医師は2019年12月30日、いち早くSARSに似た恐ろしいウイルスの登場について、大学の同窓生でつくる中国のSNS微信のグループチャットで啓発しました。しかし、デマを拡散したとして警察に身柄を拘束され、2020年1月3日に「社会秩序擾乱の罪にあたる」と叱責を受けて訓戒処分の書類に署名させられました。
その後、職場に復帰しましたが、1月8日に診察した緑内障患者が翌日に肺炎で入院すると、李文亮医師も10日に肺炎を発症して12日から入院していました。李文亮医師が新型コロナウイルスだと診断されたのは1月30日になってからでした。それまでに彼の両親や同僚の医師たちも感染してしまいました。
1月27日に北京青年報などが、李文亮がデマを流したとして拘束されたことを報じました。こうした中国メディアの報道により、当局の過剰な「デマ」取り締まりに対する不満や批判の世論が噴出しました。
翌28日には、最高人民法院の微信オフィシャルアカウントも「新型肺炎はSARSではないが、この情報の内容は完全に捏造というわけではない。もし社会大衆が当時、この“デマ”を聞いていたら、SARSの恐怖を思い出し、皆マスクをして、厳格に消毒し、野生動物のいる市場を避けるなどの措置をとって、今の新型肺炎防疫状況はもっとましになっていただろう」とコメントしました。
この最高法院のコメントを受けて、武漢公安当局は「拘留も罰金もしていない、ただ警告と教育を行っただけ」と言い訳していました。
1月31日になって李文亮は、SNSに自分がサインした訓戒書をアップして自ら処分を受けた経緯を説明し、自分がただ事実を発信しただけであることを訴え、名誉が回復されたのですが、それから彼の命は1週間しかもたなかったのです。
李文亮医師を拘束して、その口を封じたことで、病院内でも感染の問題点を口に出すことができず、注意が十分喚起されなかったため、院内感染が広がりました。
武漢大学中南医院で1月7日から28日までに入院した138人に対して行った調査によれば、院内感染率41%、院内致死率4.3%という恐怖の数字がでました。同病院内で感染した57人中40人が医療従事者で、17人が別の病気での入院患者でした。こうしたことが医療崩壊の引き金になったのでした。
2月6日の午後9時半ごろ、李文亮の心臓が止まりましたが、武漢市衛生当局は、わざわざ上級指導部の許可を得て、いったん止まった心臓をECMO(人工心肺)でむりやり動かしたそうです。すでに3時間の心臓マッサージを施しても蘇らなかった遺体に、無理やり延命措置を行ったのだと、同じ医師仲間が悲憤を交えて中国メディアに訴えていました。
当局としては精いっぱい治療した、というポーズをとりたかったのでしょう。一度はデマ拡散者と汚名を着せた李文亮を、その死後「中国とウイルスの戦い」の最前線にいて、中国のために戦って斃(たお)れた英雄として宣伝に使うつもりだと、中国共産党のやり方を知っている中国の知識人たちは警戒しました。
なので、公式発表では李文亮の死亡は2月7日午前2時58分、享年34歳ということになっているのに、中国の市民たちも、また中国のやり方に反感を持つ一部の中国メディアも2月6日を「李文亮死去の日」としました。