チャイナマネーに踊らされた大人も気がついた

ティーンエイジャーたちのこうした“政治運動”によって、やがて保護者や教師たちも国民教育のおかしさに気づき、この運動は大きく広がっていきます。2012年8月30日から、香港政府庁舎前に黒いTシャツを着た市民たちが連日集まり、抗議集会を行い、9月7日の夜には12万人〔主催者発表、警察発表は3万人〕が集まるまでになりました。

この抗議運動によって香港政府は、翌8日に「国民教育の義務化」を見送り、導入するかどうかは学校ごとの判断に任せるとしたのです。

黄之鋒はじめ、この学民思潮世代の若者たちが2014年の「雨傘運動」、そして2019年の「反送中デモ〔中国に人を送ることに反対するデモ〕」のコア層になるのです。

自由にインターネットを使い、英語ができ、視野が世界に向いている香港のティーンエイジャーたちは、国民教育科で教えられるような「米国の二大政党間の争いで、米国人が苦しんでいる」とか「中国共産党が無私の素晴らしい執政党(支配政党)だ」とかの洗脳教育に騙されるほどの“情報弱者”でもないが、かといって噓だと分かっていても、ビジネスのためなら信じたふりができるほど大人でもない、ということでしょうか。

ですが、こうしたティーンエイジャーたちの行動は、2004年以降、チャイナマネーに浮かれていた大人たちが、冷静さを取り戻す切っ掛けになりました。

大人たちが、はたと冷静になって考えてみると、香港の一国二制度は風前の灯状態でした。一番大きな問題は、香港メディアが中国の宣伝機関化していたことです。

2010年から2011年にかけて、香港の二大テレビ局であるATVとTVBへのチャイナマネーの浸透が進み、両局はCCTV(中国中央テレビ)化していました。

2011年3月、サウス・チャイナ・モーニングポストの良心的総編集長の蔡翔祁が、中国関連報道に対する姿勢を巡って、親中派オーナーの郭鶴年(ロバート・クォック)と対立して辞職しました。

中国共産党による脅しに沈黙した香港メディア

私にとって、一番ショックだったのは李旺陽(リー・ワンヤン)事件でした。天安門事件当時の農民運動家・李旺陽が、22年に及ぶ禁固刑の刑期を終えて出所した直後の2012年5月22日、香港メディアの取材を受け、獄中で受けた凄惨な拷問体験を語り、その報道が6月2日に香港有線テレビで放送されました。

▲李旺陽 出典:ウィキメディア・コモンズ

その直後の6月6日、李旺陽は入院先の病院内で不自然な“自殺”を遂げます。香港メディア関係者は、これを中国共産党の“脅迫”と受け取りました。つまり「中国に都合の悪い人物に取材したり、中国に批判的な内容を報道したりすれば死者が出る」ということなのだと。

記者というのは、自分自身の命の危険に対しては、果敢に抵抗できる人もいるのですが、自分の取材した相手が殺されることにはなかなか耐えられるものではありません。李旺陽事件は、そういう意味でも「最も凶悪な脅し方」でした。

李旺陽の不審死について、香港メディアはほとんど沈黙してしまい、香港人の多くが「香港メディアは、すでに死んでいる」ことを思い知らされたのでした。