「ものの考えかたを学ぶ」ことの重要性

『これは水です』(デヴィッド・フォスター・ウォレス:著、阿部重夫:訳/田畑書店)の著者は、カルト的な人気を誇っていた作家。この本は、そんな著者がオハイオ州最古の大学であるケニオン大学の招きを受け、卒業生に贈った「はなむけのことば」を収録したものです。

同大学の卒業生だったわけでもなく、教鞭をとったこともない彼が、生涯で一度だけしたスピーチなのだそうです。

「思いやりのある生きかたについて大切な機会に少し考えてみたこと」という副題からも分かるように、ここで著者が強調しているのは「ものの考えかたを学ぶ」ことの重要性。

自分が宇宙の中心にいて、誰よりも重要な人物であるというような思いは、誰の心のなかにも少なからずあるもの。なぜなら、それが‟僕らの初期設定”だから。けれど、いつまでもそのままだと社会生活に順応できず、苦しい思いを抱えながら生きることになってしまう。

そのため「意識して心を研ぎ澄まし、なにに目を向けるかを選び、経験からどう意味を汲みとるかを選ぶ」ことが大切だと主張しているのです。

つまり、ある意味において、ここでの著者の主張は「当たり前」のことでもあるのかもしれません。けれど、これから社会に出ていこうとする卒業生たちにとって、それが重要な意味を持つメッセージであることは間違いありません。

すでに社会人となって、さまざまな苦難と直面しながら毎日を送っている人たちにとっても。

僕にとって印象的だったのは、つらい時期を経て、感謝の気持ちにたどり着いた自分と同じことを、著者が主張している部分でした。よって、今回はそれを「人生を変える一文。」としたいと思います。

ほんとうに大切な自由というものは
よく目を光らせ、しっかり自意識を保ち
規律をまもり、努力を怠らず
真に他人を思いやることができて
そのために一身を投げうち
飽かずに積み重ね
無数のとるにたりない、ささやかな行いを
色気とほど遠いところで、
毎日つづけることです。
(129ページより)

いまの世の中においては、派手で目立ち、承認欲求を満たしたいがために自我を優先する生き方に、価値があると思われがちな気がします。しかし経験則(上にも書いた失敗も含め)からいうと、そうしたものは長続きしないはず。仮にしたとしても、人から本当の共感は得られにくく、自分でも納得できないものではないでしょうか?

少なくとも僕はそう感じるので、この本での著者の主張に大きく共感できるのです。うつ病に悩んでいた彼が、最終的に自ら命を絶ってしまったことだけを除いて。