奥村遊機の名機『CR華牌』を知っているかい?
今では当たり前の「甘デジのST機」。それまでのパチンコ規則では実現不可能なものでしたが、当時の僕には、めちゃくちゃ新鮮に映りました。「こんなことが、パチンコでできるようになったのか!!」ってね。
今は、どちらかというと1/99の皮をかぶった突破型の、中身はライトミドルのようなスペックの台も増えましたが、当時はじつにまったりと遊べるような。一撃を狙うのではなく「塵も積もれば山となる」みたいな、スペックの甘デジが主流だったのも良かったと思います。
頑張って回る台を粘って、一撃1万発を狙うわけじゃなくて、まったり2~3箱を行ったり来たりするような、そんな遊び方ができるようになったんですよね。この頃になると、液晶や役物の技術なんかも発展しつつあるので、昔のパチンコのようにピコピコ数字が回るだけ、といった退屈さからも離れていった時代です(まあ、ピコピコ数字が回るだけ、というのも味があって良いって気づくのは、このもっと後ですけどね)。
もちろん「1/99」だから、そりゃもう「1/350」の時代から比べたら、当たります。低投資で遊べるうえに、なんとか3連チャンくらいしたら、普通にミドル機で単発引いたくらいの出玉が得られるんですよ。
お金もなくなりきって(笑)。「あんまり無茶な打ち方は避けておこう」と思っていた僕にとって、そして「それでも何かは打ちたいんだよなあ」と思っていた僕にとっては、この甘デジの存在が救世主になったと言っても過言ではないでしょう。
当時「甘デジといえば奥村遊機!」みたいなところもありましたね。残念ながら、この会社はこの後、倒産してしまい、今はもうホールで、奥村の台を見ることは叶わなくなってしまいましたが。
よく打ったなあ、奥村の台。『CRモナコパーティ』だとか、『CR黄金ハンター』。そして忘れてはいけない『CR華牌』。
華牌は、ほんまよく打った。名機だ。甘デジであり、確変機であり、転落機であり、奥深いゲーム性と絶妙なリーチバランス、そしてどこがいいのかよく分からないのに、変に魅力的なキャラたちが織りなす麻雀パチンコでした。大爆発こそしないスペックでしたが、1/99でありながら一撃2000玉~3000玉くらいは全然起こりうる。かといって、そこまでの辛さを感じさせない絶妙なスペック。奥村が倒産してしまって、二度と続編は出ないと思っていたのですが、まさかまさかで豊丸から昨年『P華牌R』として大復活を遂げましたね(笑)。
あっ、この豊丸産業から復活した『P華牌R』は、僕のYouTube番組「いきなりヨースケ」の特別編として、実践動画がYouTubeにありますので、良かったら見てみてください(宣伝)。
〇1GAMEいきなりヨースケ(特別編)
甘デジのジャンルもいろいろあって、気分に合わせて打つ台を変えることができたのも、楽しかったですね。いわゆる保留連を主体としたST機もあったり、確変ループタイプも出たりと、甘デジひとつとっても、ゲーム性の幅がぐんと広がった時代でした。
もちろん、たまに、ちょっと夢見て、頑張って1/500の台とかも触ったりもしたんですけどね。ガッツリ真剣勝負っていうのは、ほとんどしなかったかな。身の程をわきまえるようになったとでも言いましょうか。
この頃はおかげさまで、前回書いたような、困った上司にも当たらずに、お仕事のほうも順調な道に戻ったのもありがたかったですね。ちょっと昇進とかして、給料、増えたんだよな。打つ台のスペックを考えるようになったこともあって、ほんのちょっと、余裕ができてきたのも、この頃からでした。
そして、その「甘デジ」の進化と発展の中で、僕の人生を、本当の意味で変えたパチンコ台が登場します。それはまた次回に。