帰国難民となったコロンビアでの暮らし

2020年の3月~7月までの4ヵ月間を暮らした首都ボゴタの様子をお伝えしたい。

コロンビア政府の対応は、大統領がほぼ毎日テレビに出演し、声明を発表していた。感染者数の推移や生活ルールの変更など、国民に落ち着いて行動するよう呼び掛けていた。

ただ、私のスペイン語力では半分も理解できず、在コロンビア日本大使館のメール連絡(政府の発表を和訳して送ってくれる)や、ボゴタ在住の日本人の友人からの情報で理解不足を補った。非常事態にニュースをすぐに理解できない状況はもどかしかった。

ボゴタに限っていうと、外出時のルールは数週間おきに変わり混乱した。最初は「家族のうち1度に買い物に行けるのは1人だけ」というものだった。次に「男性は奇数日、女性は複数日、トランスジェンダーは自任する性を適用し、買い物できる」というルールに変更された。

▲大家さんと行ったアジア食材店では、マヨネーズ・ごま油・ポン酢が人気だった

その後、コロンビアの「身分証(pico y cedula)」の末尾番号が、奇数か偶数かによって商業施設への入場制限がかかった。入店時に警備員がお客さんの身分証(外国人はパスポート)を確認し、検温とアルコール消毒が必須となった。

街を歩く人たちは全員マスクをし、フェイスシールドにゴム手袋というフル装備の人もおり、日本より感染防止の意識は高いように感じた。それにも関わらずコロンビアの感染者数はうなぎのぼりで、2021年1月現在のコロナ感染者数は187万人で世界第11位だ。なぜなのかはわからない。[出典:https://graphics.reuters.com/world-coronavirus-tracker-and-maps/ja/countries-and-territories/colombia/

▲治安を気にしつつ楽しそうな人に声をかけた。仮装の理由は聞けずじまい…

帰国難民となった私は、約3ヵ月の間、3つ滞在先(ホテル・シェアハウス・ゲストハウス)で暮らした。物価は日本の1/4~1/5なので、収入源のない長期滞在者には助かった。

ホテルのランクにもよるが、だいたいの生活費は月に5~6万円で収まったし、食材の種類は日本や欧米と比べると多くはないが、不自由はしなかった。むしろ未知の野菜やフルーツを食べるのは、発見が多くて楽しかった。街ではUber Eats等の配達員の姿を頻繁に見かけるようになった。

ボゴタのローカル家族と住んだシェアハウスでは、郷土料理とスペイン語を習い、6月には誕生会まで開いてもらった。コロンビアの人たちはフレンドリーで優しい人が多い。

▲左から大家さんご夫婦、私、ルームメイト。この帽子は、これ以降かぶっていない…
▲ジョランダからは、エンパナーダという揚げ物料理を習った
▲マリアッチが唯一の娯楽。演奏に聴き入り、みんな喜んでチップを払っていた

いくつかのきっかけがあり、7月にメキシコ政府の人道支援便で帰国することになった(通常の国際線はまだまだ運航の目処が立っていなかった)。帰国前夜は最後に住んだゲストハウスのスタッフや宿泊客たちが送別会を開いてくれ、贈られた寄せ書きを見て泣いた。振り返るとコロンビアではいろんな種類の涙を流した。

▲ゲストハウスのスタッフや宿泊客と。みんなに会いにまたコロンビアを訪ねたい