お世話になった人のためにも売れたい

社長は、俺のライブがあるとたくさんの知り合いを呼んでくれた。食事にも連れて行ってくれたし、自分の店で出しているカレーも送ってくれた。「カレーを送っていただくのはありがたいのですが、炊飯器がないんです……」と伝えたら、炊飯器まで送ってくれた。あとになって催促したようで恥ずかしくなった。

社長が手配してくれたチケットで、阪神戦を応援に行かせてもらったこともある。試合が終わると和田さんも合流して一緒にご飯を食べた。和田さんから個人的に声をかけいただき、サシで飲ませていただいたこともあった。

▲サインボールをもらってご満悦の表情

まるで夢のような時間だ。阪神タイガースの和田豊といえば、万年最下位と言われた阪神の暗黒時代に、セ・リーグで唯一打率10位に入っていた選手だ。阪神ファンなら誰もが憧れたヒーロー。そんな幼き日のスターとサシでメシ食う。子どもの頃のヒーローが目の前にいる。それは不思議な感覚だった。子どもの頃の自分に、今日のことを教えたらどんな顔をするだろう。「なんでお前は芸人やってんだよ」と突っ込まれるかな……。

カレー社長には、それから長いことお世話になった。本当にずっと。時間と共に二人の距離も縮まり、いろんなことを聞けるようにもなっていた。

「会社がダメになったらどうしようとか、不安じゃないんですか?」と質問したときは、「ダメになったらまた元の自分に戻るだけ。俺なんか、たいした人間ちゃうねんから」と笑っていた。やり手なのに謙虚なところが心に刺さった。

思えば社長は常に謙虚だった。「ゼロから会社を立ち上げて、ここまでの店舗数にするなんてすごいですね!」と言うと、「たまたまラッキーやってん」とニヤリと笑う。

俺はこの歳になるまで、いろんな人たちを見てきた。だから思う。すごいなぁと思う人ほど、「自分はすごくないし、たいした人間じゃない」と言う。実力でのし上がった人ほど「運が良かったラッキーだった」と口をそろえる。

ある夜、社長が「一発屋で終わるなよ」と俺に真顔でアドバイスをくれたときに、俺は思わずこう言い返した。「社長、お言葉ですが、一発を当てることがすごいんですよ。ほとんどの人が一発も当てられないんですから」

社長は「たしかになぁ。また一つ勉強になったわ」と、とびきりの笑顔で俺に握手を求めてきた。立派な人ほど相手が年下でも不成功者でも、学ぼうとする。

すごくない人ほど、自分を大きく見せようとする傾向があるのかもしれない。自分がいかにすごいのか。自分と付き合ったら、どれだけ得かを語りたがる。運だけで成功した人ほど、「俺が売った」「俺が会社を大きくした」と風呂敷を広げる。「だから、お前はダメなんだ」と説教したがる人ほど小物が多い。

これは底辺から社会を見てきた俺の哲学でもある。

この歳まで売れず、面白くないダメなヤツだという扱いを受けてきた、俺だからこそ見えた景色だ。自己評価と世間の評価は、ほとんど真逆だと思っていい。常に謙虚な気持ちでいないと、人から愛されない。いろんな人が俺にそう教えてくれた。

俺は、この先テレビで人気者になったとしても、謙虚であり続けるつもりだ。誰かに偉そうに説教はせず、仕事相手に尊敬の念を忘れない。自分もいつか、あんな大きな人間になりたいと後輩に思われる、そんな先輩になる予定だ。

そのためには、まず売れないといけないのだが……。

(構成:キンマサタカ)

『TAIGA晩成 ~史上初! 売れてない芸人自伝~』は、次回9/9(金)更新予定です。お楽しみに!!


プロフィール
TAIGA(たいが)
1975年生まれ。神奈川県出身。2005年『細かすぎて伝わらないモノマネ選手権』(フジテレビ)、2009年『爆笑レッドカーペット』(フジテレビ)、2009年の『あらびき団』(TBS)、2014年の『R-1』決勝進出でプチブレイク。下積み時代が続く中、2020年の『オードリーさん、ぜひ会ってほしい人がいるんです。』(中京テレビ)、2021年の『アメトーーク!』(テレビ朝日)出演で再ブレイクの予感がする46歳。Twitter:@TAIGAtrendy