お世話になった人のためにも売れたい
社長は、俺のライブがあるとたくさんの知り合いを呼んでくれた。食事にも連れて行ってくれたし、自分の店で出しているカレーも送ってくれた。「カレーを送っていただくのはありがたいのですが、炊飯器がないんです……」と伝えたら、炊飯器まで送ってくれた。あとになって催促したようで恥ずかしくなった。
社長が手配してくれたチケットで、阪神戦を応援に行かせてもらったこともある。試合が終わると和田さんも合流して一緒にご飯を食べた。和田さんから個人的に声をかけいただき、サシで飲ませていただいたこともあった。
まるで夢のような時間だ。阪神タイガースの和田豊といえば、万年最下位と言われた阪神の暗黒時代に、セ・リーグで唯一打率10位に入っていた選手だ。阪神ファンなら誰もが憧れたヒーロー。そんな幼き日のスターとサシでメシ食う。子どもの頃のヒーローが目の前にいる。それは不思議な感覚だった。子どもの頃の自分に、今日のことを教えたらどんな顔をするだろう。「なんでお前は芸人やってんだよ」と突っ込まれるかな……。
カレー社長には、それから長いことお世話になった。本当にずっと。時間と共に二人の距離も縮まり、いろんなことを聞けるようにもなっていた。
「会社がダメになったらどうしようとか、不安じゃないんですか?」と質問したときは、「ダメになったらまた元の自分に戻るだけ。俺なんか、たいした人間ちゃうねんから」と笑っていた。やり手なのに謙虚なところが心に刺さった。
思えば社長は常に謙虚だった。「ゼロから会社を立ち上げて、ここまでの店舗数にするなんてすごいですね!」と言うと、「たまたまラッキーやってん」とニヤリと笑う。
俺はこの歳になるまで、いろんな人たちを見てきた。だから思う。すごいなぁと思う人ほど、「自分はすごくないし、たいした人間じゃない」と言う。実力でのし上がった人ほど「運が良かったラッキーだった」と口をそろえる。
ある夜、社長が「一発屋で終わるなよ」と俺に真顔でアドバイスをくれたときに、俺は思わずこう言い返した。「社長、お言葉ですが、一発を当てることがすごいんですよ。ほとんどの人が一発も当てられないんですから」
社長は「たしかになぁ。また一つ勉強になったわ」と、とびきりの笑顔で俺に握手を求めてきた。立派な人ほど相手が年下でも不成功者でも、学ぼうとする。
すごくない人ほど、自分を大きく見せようとする傾向があるのかもしれない。自分がいかにすごいのか。自分と付き合ったら、どれだけ得かを語りたがる。運だけで成功した人ほど、「俺が売った」「俺が会社を大きくした」と風呂敷を広げる。「だから、お前はダメなんだ」と説教したがる人ほど小物が多い。
これは底辺から社会を見てきた俺の哲学でもある。
この歳まで売れず、面白くないダメなヤツだという扱いを受けてきた、俺だからこそ見えた景色だ。自己評価と世間の評価は、ほとんど真逆だと思っていい。常に謙虚な気持ちでいないと、人から愛されない。いろんな人が俺にそう教えてくれた。
俺は、この先テレビで人気者になったとしても、謙虚であり続けるつもりだ。誰かに偉そうに説教はせず、仕事相手に尊敬の念を忘れない。自分もいつか、あんな大きな人間になりたいと後輩に思われる、そんな先輩になる予定だ。
そのためには、まず売れないといけないのだが……。
(構成:キンマサタカ)