球団が事業のリスクを負うことから好転した

似たような例はほかにもあります。看板のセールスもそうです。球場のあちこちに掲示している看板のことです。

うちの球場にも今でこそたくさんの看板が付いていますが、昔は看板が付いているのは外野のビジョン周辺くらいで、外野のフェンスはまっさらだったのです。

しかし、親会社に頼らず球団単体で利益をあげる必要があったので、看板もそれまでのように代理店任せにはせず、自分たちで営業マンを抱え、しっかり販売していこうということになりました。

ただ、現在も親会社から広告収入を得ているのは事実です。それは、昔のように「親会社なのだから球団に広告を出稿するのは当たり前」という意味合いではなく、ライオンズに広告を出すことでしっかりと親会社の名前が露出し、費用に見合う広告効果があるのが前提です。

さて、こうした法人向けビジネスを展開するには、球場への来場者が多くなくてはいけません。それによって試合の価値が高まり、年席や看板を買いたいと思う会社が増えるからです。ですから、あくまでも観客動員、チケットの売り上げが軸です。

ライオンズには、強くてもスター選手がいてもお客さんが集まらないという時期がありました。それに、どんなに強くても勝率は6割まで行かないのが野球というスポーツです。勝っても負けてもチケット代は同じ。それなら、チームの強弱や試合内容以上に価値を感じてもらえる「何か」を乗せていけばいい。それがファンサービスの原点です。

当時、パ・リーグ各球団が掲げた、「地域密着」という考え方も、広い意味でのファンサービスです。ライオンズは、2008年からチーム名に「埼玉」をつけました。その時は、「所沢」なのか「埼玉」なのか、また西武線が通っている東京の「多摩地区」なのか、どこに向かって「密着」するのか議論になりました。

最終的には埼玉県と西武線沿線にしっかり根ざすことでまとまりました。大宮で試合を行うようになったのもこの時からです。

まさにその2008年、渡辺久信監督(当時)が率いてチームは優勝、さらに日本一に輝きました。入場者数も前年の109万人から141万人へと急増。事業で得た利益をどんどんファンに還元していこうという現在のスタイルに拍車がかかりました。