ワイルドスギちゃん誕生秘話
杉山えいじという先輩にも良くしてもらった。当時、俺は杉さんと呼ばしてもらっていた。毎年2回戦落ちを繰り返していたR-1ぐらんぷりで、ようやく準決勝に進出し、俺もまだまだ勝負できると自信を取り戻したとき、よくライブで一緒になり苦楽を共にしていた杉さんからライブの誘いを受けた。
「来年のR-1に向けて、関東の実力あるピン芸人を集めて『ピン芸人タッグリーグ戦』というライブをやりたいんだけど、参加してくれないか?」
もちろん二つ返事で快諾した。なによりノミネートされたことがうれしかった。その時点で杉さんはR-1では毎年3回戦落ち。テレビの露出も俺のほうが多かった。
杉さんはどこかスキがあって、ネタを見るとなんか笑ってしまうのだが、正直、華もそんなにないし、当時は売れる要素があまり感じられなかった。
でも、実力あるピン芸人を集めてライブを立ち上げる行動力と人徳はあったし、真っ直ぐな目で「売れたい!」と言う姿はカッコよかった。
ライブに毎月出させてもらうたび、新ネタを2本作った。タッグを組んだピン芸人のどちらが面白かったか、お客さんが判定する方式で、真剣勝負の場は賞レースに照準を絞っていた俺には非常に有意義な時間だった。
そんなライブで誕生したのがワイルドスギちゃんだ。
杉さんがワイルドスギちゃんになってから、お客さんのウケがかなり変わっていた。そして、芸名も本名の杉山えいじからスギちゃんに変更。年明けのR-1ぐらんぷりで準優勝を果たし、瞬く間にスターになっていくのだった。
まさに有言実行だ。R-1で決勝に行くためにライブを立ち上げて、必死の思いで新ネタを作って、翌年、本当に決勝に行ったスギちゃんはすごいなと素直に思った。
その年の俺の結果は2回戦落ち。同じ場で切磋琢磨したというのに、自分の不甲斐なさに腹が立つばかりだった。
(構成:キンマサタカ)