フライデーの件でレギュラー番組を降板し活動自粛

個人的に、有村を初めて知ったのは、テレビ朝日の『お願い!ランキング』だった。ひとつの映画に対して、3人の映画関係者が批評するコーナー。そのなかの1人が有村昆だった。

「たしかに、あの番組が大きな転機になりましたね。あの番組に出るきっかけを作ってくださったのは、鈴木おさむさんなんです。おさむさんが当時やられていた、TOKYO FMの番組にゲストで呼ばれ、そこで気に入ってもらえて。

プライベートでも良くしていただいたんですが、お願いランキングで、川越シェフが商品を辛口ジャッジする人気コーナーがあって、あの映画版をやりたいって呼ばれたんです。そのあとも『SMAP×SMAP』に呼んでもらったりとか、テレビに出始めた頃は、おさむさんの番組にお世話になりました」

やはり、ここまで伺っても、土壇場というのとは無縁の人生のように思える。

「僕、あのスキャンダルが起こるまで、アルバイトもしたことなかったんです。家も裕福だったし、仕事が仕事を生んでいくやり方でずっとやってきていました。順風満帆ですよね、外から見ても、中から見ても。じゃあ、なんで順風満帆だったか。

これはたぶんですけど、他の方だったら、断ったりするような小さな仕事も、基本は全部受けてました。決してイヤイヤじゃなく、細かい仕事が好きなんです。そして、そういう細かい仕事って80点くらいでこなしがち、僕は絶対120点出すように心がけてました。仕事はずっと途切れなかったし、自信がありましたね、過信もあったかもしれない(笑)」

一度、まだ彼が活動を自粛する少し前にある芸人が「有村昆さんと合コンをした」と言って、若干ボヤっぽくなったことはあったが、これはまだ笑って済ませられるくらいだったのかもしれない。そして、有村昆をあのフライデー事件が襲った。

「その芸人さんのことを、僕はあいつって言いますけど(笑)、でも、そこで気づくべきだったんですよね、本当は。いや、どうかな……結局は痛い目をみないと変わらないですよね。笑って済ませられるところを超えてしまったんです」

おぼっちゃん、仕事は途切れない、有名人と結婚、まさに順風満帆な人生を歩んでいた有村昆を襲った、最初にして最大の土壇場だ。身から出た錆とはいえ、途方もない日々が彼を待ち受けていた。

▲人生最初にして最大の土壇場を経験

「まず、活動自粛になって、5本あったレギュラーを降板。目の前が真っ暗ですよね。子どもを保育園に迎えに行くじゃないですか、昨日までにこやかに話してくれたお母さんがサーッと逃げていくんですよ、モーゼの十戒みたいに。お父さんだけ、ササッと近寄ってきて“気持ち、わかりますよ”って言ってくれるけど、また、サッといなくなる(笑)。直接的な“死ね”みたいな攻撃はヤフーコメントだけでしたけど、でも、まず誰が敵か味方かわからなくなるんですよ」

交友関係が広かった有村には、多くの心配のLINEが届いた。しかし、フライデーの件は、どこかで誰かが罠を仕掛けないと辻褄が合わない、外部では知る由もない事実がたくさん書かれていたので、疑心暗鬼になってしまった。

「全部が身から出た錆ですよ。でも心配するLINEをいただいて、そこで僕が相手を心配させないように“全然大丈夫ですよ~”みたいな返事を送ったとして、そのスクショをその人がどこかに売るか、そして全然反省してない!ってなるかも、とか考えたら迂闊に返事もできないですよね」

≫≫≫ 明日公開の後編へ続く


プロフィール
 
有村 昆(ありむら・こん)
生年月日:1976年7月2日
出身地:マレーシア生まれ、東京育ち
血液型:O型
趣味:DVD鑑賞&収集&紹介。歴史(戦国時代、三国志) 。ゲーム(オールジャンル、ファミコンならお任せ)
Twitter:@arimura_kon、Instagram:@kon_arimura、TikTok:@kon_arimura、YouTube:有村昆のアリコンch