海外に住む反体制派の中国人を取り締まり、強制的に帰国させるという中国の海外警察。その拠点は、世界に散った華僑たちの出身地別の「同郷会」と連結している。日本随一の中国ウォッチャーとして知られる宮崎正弘氏が、謎に包まれた中国海外警察の実状を語る。
※本記事は、宮崎正弘:著『ステルス・ドラゴンの正体 - 習近平、世界制覇の野望』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。
海外に設置される中国警察の派出所
日本を含む西側諸国で懸念が拡がるのは、中国の土地買いと秘密裏の海外警察「派出所」である。
米国の下院議員らは「米軍基地や、米国内の中国警察の前哨(ぜんしょう)基地の疑いのある中国の資産買収にも近く適切に対処する」とした。海外で活動する中国警察に関しては、海外に住む中国市民や華僑系のアメリカ人に圧力をかけたり、脅迫したりする中国政府の取り組みも含まれる。
1976年から10年間、筆者は貿易商社を経営していたことがあり、取引先の関係から台湾人留学生3人と大陸からの留学生1人の身元保証人を引き受けた。今と違って留学条件は厳しく、また日本における保証人は納税証明など数枚の書類が必要だった。
台湾が自由選挙に移行したのは1996年だが、すでに1980年代には反国民党の「党外雑誌」が堂々と道ばたで売られていた。警察は見て見ぬふりをしていた。飲み屋では反国民党の活動家が、国民党員と喧嘩をしていたが、なにしろ戒厳令は敷かれたまま、事実上は国民党独裁だった時代の話である。
「留学生のなかに注意人物がいます。留学生の動向を監視、どこかに報告しているので、本当の友人にしか本心は話せない。読書だって何を読んでいるかはわからないようにしている。台湾で禁書扱いの書籍は町の図書館で読むほどですよ」と台湾からの留学生が言った。
台湾ですらそんな時代があった。いま騒がれている中国の海外における警察派出所なるものは、大使館直結ではまずいので、町へ出て民間を装わせているのだろう。
海外警察の拠点は、世界に散った華僑たちの出身地別の「同郷会」と連結する。シンガポールでも、通りによって金門通りとか厦門(アモイ)通りがあり、ヤンゴンのチャイナタウンは細かな出身地別の同郷会オフィスが軒を並べていて壮観である。
世界的なチャイナタウンの代表格はNYだが、通りによって出身地別の見えない仕分けがされている。大まかにいえば、旧チャイナタウンはマンハッタンのダウンタウン南端からリトルイタリアを呑み込み、ブロードウェイを挟んで対岸ソーホー地区まで拡がった。ここでは中心部が広東勢、そして周りが福建省出身者で占められている。
NYラガーディア空港の近く、フラッシング地区に拓けた新チャイナタウンは、近年の移住組が多く、それも共産党を嫌う人々や天安門事件後に移住してきた華人が多い。ちなみに法輪功の拠点はこちらのほうである。
海外警察によって監視される在外中国人
海外警察は、中国共産党統一戦線工作部系と国務院華僑事務弁公室の2つの系列がある。世界54カ国に110カ所。一番古いのはイタリアのプラトーだという。ファッションと皮革製品の町だったプラトーは、中国人移民が多数入り込んできて、気がつけば不法移民も含めて5万人。工場の多くが中国人に乗っ取られた典型例である。
在米中国人は、今や500万人とまで言われ、中国の海外警察拠点は、NYだけでも6カ所、ロスに2カ所のほか、ヒューストン、サンフランシスコ、ソルトレイクシティなどにもある。しかも、同郷会オフィスが拠点となって、表向きは「自動車免許の更新、弁護士紹介、相互助け合い」などで、家族親戚ならびに同郷人の絆は強い。地縁・血縁重視は中国人の伝統的な体質である。
FBIが手入れした中国警察海外派出所のNYの拠点は「長楽会」のビルだった。イーストブロードウェイ107番地。筆者の定宿に近いので見知った建物である。福建省の長楽は不法出国のメッカとして知られ、いつぞやはドーバー海峡を越えてきた保冷車で39名だったかが凍死体で発見された。全員が長楽出身だった。
海外警察は在外中国人の見張りである。ときに反体制派の動向を監視し、人物を割り出すと、中国に残る家族を「人質」として帰国を促すのである。帰国したら最後、収容所へ直行となる。
NYフラッシングで開業していた弁護士の李進進は、元・天安門事件の活動家だったが、2022年3月14日に殺害された。華字紙によれば、中国から殺し屋が派遣されたのだとするが、単に痴情のもつれとする説もある。犯人は女性だったからだ。
台湾マフィアの竹連幇(ちくれんほう)が、在米作家を暗殺した事件を思い出した。
1984年10月にロス郊外でおきた「江南事件」とは、アメリカ在住の台湾人作家・江南(筆名)が批判的な蔣経国伝を書いたために暗殺された。アメリカ政府は中華民国政府に圧力をかけ、この暗殺事件が台湾民主化のきっかけになったとも言われる。
「民主の壁新聞」(西単の壁)時代のリーダーだった魏京生(ぎきょうせい)は、合計18年も刑務所にぶち込まれた筋金入りの民主活動家。1997年にアムネスティなどの圧力で病気治療を理由に渡米し、すでに四半世紀で魏京生は72歳となった。魏は2022年5月、運転中の前後を車に挟まれ、事故に見せかけての謀殺寸前になったという(博訊新聞網)。
世界的に有名な中国人アーティストのアイ・ウェイウェイは、北京のスタジオがブルドーザで破壊され、所蔵作品数万点が消えたという。アイは現在、ポルトガルにスタジオを建設している。近くロンドンで新作展示会を開催すると意気軒昂(いきけんこう)だが、彼ほどの名声に達しない若い芸術家は制作に干渉を受けているという。
2023年1月26日、上海吉峰書店(有名なランドマーク書店だった)の経営者が店を畳んで米国へ移住したところ、家族が脅迫され帰国する羽目に陥った。
海外警察派出所の暗躍は続いている。