美味しいビールを提供するには知識より「思想」
――ずっとビールと共に暮らしてきて、そのなかでも思い入れのあるビールというのはあるのでしょうか。
安藤 うーん。難しい質問ですけど、これ以上のビールはないだろうなと思うのは、チェコの「ピルスナーウルケル」です。うちでも扱っているんですけど、工場から直で空輸してもらってます。
僕がビールにハマったきっかけはエールですけど、やっぱりビールを突き詰めていくと、どこまでいってもラガーに勝てないということに気づくんですよ。いわゆる醸造技術が全然違うからです。
よく言うのは、エールビールって足し算なんですよ。いろんなものを入れた味の多いビール。逆にラガービールは引き算。必要ないものを全部そぎ落としているんです。でも、それを作ろうと思ったら、巨大な設備と高度な醸造技術がないと無理なんです。で、じつはそのラガービールの醸造において、世界最高の技術力を持っているのが日本の4大メーカーなんです!
だから「影響を受けたビールはなんですか?」と聞かれれば、「ピルスナーウルケル」と答えますけど、醸造技術力の面で言えば日本の4大メーカーですね。
――こちらでもエビスを出していますが、なんというか……本当においしいですよね。
安藤 そう、ビールって美味しいんです。でも、扱い方で味は大きく変わります。僕が最初にお店の子に教えるのは。「思想」ですね。このビールはどんなホップを使ってとか、そんなことネットに書いてあるんで、どうでもいいんです。「ビールと向き合うということはどういうことなのか」っていう思想を教えます。ここまでやんないといけないんだぞって。
――たとえば、どんなことでしょう?
安藤 まず 「ビールを絶対に動かさない」こと。動かすと作り手のイメージする味から変わってしまいます。あとは「片付けの大事さ」。ビールを醸造してるところでは、仕事の8〜9割が掃除だといっても過言ではありません。
そして「自分が納得しなかったものは出さなくていい」ということ。うちの店では、お客さんにビールを提供できるようになるまで、営業時間を使って特訓する日をもうけるんです。その日はバイト代は出ませんが、いくらでも注いで、いくらでも飲んでいいことになっています。もちろん強制ではなく、本人が希望した場合のみですけどね。
そこで“なんかうまく注げたな”と思ったら、お客さんに出さなくていいから自分で飲めと。逆に失敗したときも飲む。その違いを舌に叩き込んでほしい。根本にあるのは「毎回、確実に同じクオリティじゃないと駄目だ」ということです。“1回ぐらいいいか”と思ったら、そこからダメになっていきますから。
――注ぎ方はどうやって教えるんですか?
安藤 何も言わないですね、つぎ方に関しては。どうしたら美味しいかの答えがあるんだったら教えますけど、答えなんてない。僕には僕が一番美味しいと思うやり方があって、それが僕の答えです。でも、それは他の人にとっては違うかもしれないし、お客さんにとっても違うかもしれない。
答えを見つけようとすることが大事なんです。店の子にはこう言ってます。「Don’t think beer(ドントシンクビール)」。1000回ぐらい繰り返すと、だんだんわかってきます。
100年後のビールのために自分たちがいる
――今年、横浜に新店舗を出店予定だったりと幅広く活動を続けています。今後の展開や野望、なんでもいいので教えてください。
安藤 自分はただのビールが大好きな人です。でも、新しいビールとかには一切興味がないんです、そう言い切れるくらい飲み尽くしてきました。今から生まれてくるビールで、僕の人生を変えるぐらいの感動を与えてくれるものは、もうないでしょう。
だからこそ、自分が今まで大切にしてきたビールがなくなってしまうことが寂しいんです。ビールカルチャーであったり、ビールブランドもどんどん消えていく。最近では国内の大手メーカーのビール工場が2つもなくなりました。今、僕たちが動かないと、日本のビール文化は残らないと思うんです。
――そこで掲げたのが「100年後のビールのために」というコンセプトですね。
安藤 日本でビールが一番飲まれていたのは、昭和30年代ぐらい。高度経済成長期が始まったときぐらいなんですよ。あの頃のビールサーバーを作るプロジェクトも進めています。
僕はね、もうこれ以上、ビールに期待することは何もないんです。これは決してネガティブな意味ではなくて、これまでに十分よくしてもらったんです。ビールは僕の人生を変えてくれたし、支えてくれた。だから、ビールに恩返ししたいなと思っているんです。そして、100年後もビールにワクワクする人を増やしたいですね。