「セルフ・コンパッション」という言葉を知っていますか? 他者を思いやるために、まず自分を思いやるという考え方で、アメリカの心理学者であるクリスティーン・ネフ博士が概念化したもので、ビジネス界隈でも、IT企業の理念にこのセルフ・コンパッションが取り入れるなど注目を集めています。ここではセルフ・コンパッションとは何なのか? メンタルヘルス管理のエキスパートである石上友梨氏が3つのキーワードで解説します。

※本記事は、石上友梨:​著『「思いやり」は武器になる』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

1.マインドフルネス

セルフ・コンパッションには「マインドフルネス」「人類の共通性」「自分への思いやり」の3つの要素があります。順にみていきましょう。

セルフ・コンパッションのルーツは、マインドフルネスと同じで仏教にあります。

マインドフルネスというのは「今この瞬間に意識を向け、気づくこと」「良い悪いと判断をせず、あるがまま受け入れること」です。

「マインドフルネス瞑想」は、マインドフルな状態で行う瞑想です。「今、空気は体のどこを通っているか」などと呼吸に注意を向けていると、途中で「きょうの夕飯は何にしようか」などの雑念が浮かんできます。そのときに「今は集中しなければならないから考えてはいけない」と否定するのではなく「今、違うことを考えていたな」と、ありのままに受けとめ、そのまま呼吸に意識を戻していきます。

違うことを考えてしまったから、あるいは集中できなかったから自分はダメだ、ということはないのです。今この瞬間に注意を向け、気づいたものを評価したり判断したりせず、ありのまま受け入れること、それがマインドフルネスなのです。

マインドフルネスは、Google、Apple(のスティーブ・ジョブス)、intel、IBMなど海外の一流企業が社員研修などに取り入れています。マインドフルネスによって脳の海馬や扁桃体が変化すること、DMNネットワーク(ぐるぐる思考と関連する)の活性化が鎮まることなどがMRIの脳画像による研究で報告されています。

なお、海馬は記憶と強く関連しており、扁桃体はストレスと関連している脳の部位です。脳の海馬や扁桃体が変化することで、記憶力や集中力が高まる、不安や怒り、ストレスを感じにくくなることがわかっています。

▲マインドフルネスは脳の海馬や扁桃体に働きかける

「マインドフルネスが効果的なら、セルフ・コンパッションは必要ないのでは?」と思うかもしれませんが、マインドフルネスだけでは足りないのです。なぜなら私たちには、ネガティビティバイアスという、ネガティブなものに注目し、ネガティブなものは記憶に残りやすいという性質が備わっているからです。

ネガティビティバイアスは、もともと人間にとって必要だったと言えます。

大昔の話です。隣の村から敵が攻めてきたら自己防衛する、自然に生息する危険動物から身を守るなど、自分にとって脅威になるもの、ネガティブになるものに意識を向けることによって、人類の生存確率は上昇したと考えられるからです。

現代では普通に生きていたらそんな危険には遭遇しませんが、性質としてそういう傾向が残っていると言えます。