市民は「感動させられる」気持ち悪さを感じている

これは習近平が国内世論誘導のために打ち出した、正能量報道キャンペーンの一環でした。

2月5日、中国共産党中央宣伝部は300人の記者たちを選び、湖北省武漢の最前線を取材するために送り込みました。そして「正能量報道」「正面情報」をどんどんするよう呼び掛けられました。

正能量とはポジティブ・パワー、もしくはポジティブ・エナジーとでも訳しましょうか。勇気を奮い立たせ、感動を与え、エネルギーを注入し、人民を団結させるような、あるいは楽観的な希望をもたせるような、そういう報道をするように命じたのです。

ネガティブで悲観的で、また当局を批判するような内容の報道はするな、共産党と政府と人民が一丸となって感染症と戦っている、素晴らしい美談、武勇談を報じて、中国共産党の指導のもと、中国人民が未知のウイルスと戦い、その戦いに勝利する自信と能力を備えていることを国際社会にアピールしましょう、ということです。

これを受けて、中国メディアでは14人の「最も美しい逆行者」に続いて、さまざまな「美談」「武勇談」が続々と報じられました。

しかし、毛沢東時代のように完全な鎖国状態の中国ならばいざ知らず、今はインターネットの時代で、中国人民も年間延べ1億5000万人ほどが海外旅行に行く時代です。中国の農村の人々だって、もはやこんな「正能量報道」に騙されるほど単純ではありません。

▲毛沢東 出典:ウィキメディア・コモンズ

女性看護師の「美談」がやたら多いことについては「中国の伝統的な男尊女卑の価値観がにじみでている。甘粛省は女性を消費している」とフェミニズム学者たちが批判していました。

甘粛の女性看護師の剃髪ニュースについては「これこそ、形式主義だ!」と批判が殺到し、掲載メディアは慌てて原稿を削除しました。

それでも正能量報道キャンペーンは継続され、2020年10月には中国共産党の指導のもと、人民が団結して新型コロナウイルスと戦った軌跡を、ノンフィクション・テレビドラマにして放映するそうです。タイトルは『在一起』(Together)。

中国のネットでは、知識と良心のある市民たちが「感動させられる」気持ち悪さを訴えていますが、そうした中国の普通の人々の違和感に気づかないまま、習近平は大躍進的正能量プロパガンダと文革時代なみの言論統制で、自らの政権の隠蔽責任を回避しようとしているのです。