豊かな食べ物に救われた過酷なロックダウン生活
本稿の初めで触れたように、私は2018年の暮れにオランダに移住した。とにかく新しい生活に慣れることで精一杯だった最初の1年を乗り越え、仕事の面でも新しいプロジェクトを動かそうとした矢先にパンデミックの事態となった。
世界中のアートフェアやフェスティバルは中止となり、美術館は閉鎖されたことで、延期されたままのプロジェクトは少なくない。国外はおろか、アムステルダムから一歩も出ない生活も、もうすぐ1年が経つ。もはや為す術なしといったところで、今でも頭が痛い。
私生活では、現地での知り合いも数えるほどしかいないまま現在の状況に突入したため、週末の散歩と日用品の買い出し以外、妻と二人でひたすら自宅で過ごす日々を送っている。外には自由に出られるものの、とにかく店がどこも閉まっているため、公園くらいしか行くところがない。
それは誰もが考えることのようで、現在は公園が一番の人気スポットだ。あまりに人が集まりやすいことから、早朝以外は公園になかなか近寄れない。結局のところ、あてもなく散歩する程度のことしかできないのが正直なところだ。
日照時間が少ないオランダの冬に重なった今回のロックダウンは、精神的に堪えるものとなったが、それでもなんとか日々を過ごせているのもオランダの豊かな食材のおかげかもしれない。
農産物輸出額において世界第2位を誇るオランダでは、とにかく食品の新鮮さが際立つ。どの家庭にもあるオーブンで素焼きしただけで、野菜は太陽の味であふれる。また、ヨーロッパでは極めて珍しいことに、生で食べられる海産物としてサーモンやホタテなどがある。さすがに専門店で仕入れる必要はあるものの、自宅で手軽に手巻き寿司が堪能できるのは日本人としてありがたい。
それでもオランダにおいて、日本食はまだまだ発展途上の段階であり、懐かしい祖国の味にあずかれる機会はそう多くない。日々の楽しみが食事くらいになると、余計に日本食が恋しくなるものだ。
ツイッターでは、日本人にとって馴染みあるスイーツに似た現地の食べ物であったり、新鮮な生魚が買える専門店やアジア食材の専門店など、オランダ在住の日本人同士で情報を共有するツイートが増えた。「苦しみは半分に、楽しさは倍にしよう」という自発的な試みに、私は何度も救われた。
暖かくなってきて外に飛び出したオランダ人
今回の長期的なロックダウンは、もうすぐ3か月を迎えようとしている。現時点では3月末までのロックダウン継続が決まっているが、その後も事態が改善されない限りは延長されることだろう。
問題は暖かくなる4月以降だ。2月下旬には数日間にわたって最高気温が18度まで上昇したが、自由の名の下に我慢を知らないオランダ人は一斉に家から飛び出し、公園や広場のみならず、カナル(運河)や道端でも構うことなく群がった。これから天気が良くなればなるほど、彼らを抑制することは難しくなるだろう。
1日の感染者数は、ロックダウンに入る前と比べて半分近くまで減ったものの、激減はしていない。オランダ独自の施策として、市民の行動をなるべく制限しなかったことは評価したいが、その一方で、コロナ対策としては中途半端なのではないかと批判する声もある。
たしかに、厳しいロックダウン態勢に入ることで、ウイルスの拡大を一気に縮小することもできたのではないか、という疑問も浮かぶ。若者たちは、すでに我慢の限界に達している。
そうした一抹の不安を抱えながらも、本当の意味で暗かったこの冬が、もうすぐ終わることに私も安堵を隠せない。またヨーロッパ各国を回る生活を取り戻せる日が来ることを信じながら、まだまだオランダでの籠城生活を続けていく覚悟を決めている。
フリーランスのアート・プロデューサーとして、展覧会や出版物のプロデュースを手掛けるとともに、写真家の故・深瀬昌久が遺した写真作品の管理団体「深瀬昌久アーカイブス」創設者兼ディレクターを務める。著書に『MASAHISA FUKASE』(英語・仏語版:Éditions Xavier Barral、日本語版:赤々舎、2018年)がある。YouTubeチャンネル「トモコスガ言葉なき対話」とTwitterにて写真表現の現在を日々発信中。
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