2022年9月8日、96歳で崩御されたイギリス女王・エリザベス2世。70年7か月にも渡る在位期間中は精力的に公務を行っており、戦後の日英関係回復にも大きく貢献している。われわれ日本国民にとってもイギリスの象徴であるエリザベス女王の亡き今、イギリスが抱えている問題について、元駐ウクライナ大使・馬渕睦夫氏と、産経新聞社の前ロンドン支局長・岡部伸氏が語ります。
※本記事は、2021年5月に刊行した馬渕睦夫×岡部伸:著『新・日英同盟と脱中国 新たな希望』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。
共通項の多い日本とイギリス
岡部 日本とイギリスは、ユーラシア大陸の両端でほぼ同じような島国で、工業化を成功させ、議会制民主主義で立憲君主制をとるなどの共通項があります。また、両国民とも皇室・王室に対する敬慕が強い。ロンドン支局時代の助手だったジョン・ビショップというイギリス人が「イギリスのエリザベス女王と日本の天皇陛下の存在はよく似ている」と言っていました。
イギリス人が日本に親近感を持っている背景には、アジアで植民地にされたことがない数少ない独立国で、豊かな独自の文化を持っていることに加え、イギリス王室と重ねられる皇室の存在が挙げられます。
日本の皇室は現人神であり、古代から脈々と血統を守ってきた家系です。純粋な日本人の象徴とも言えるでしょう。また、世界で唯一の万世一系の王朝で、米紙『ワシントンポスト』の調べでは、現在世界に存在する26もの王室のなかで最も歴史が長いとされています。
イギリス王室は、1066年にイングランドを征服(ノルマン・コンクエスト)したノルマンディー公ウィリアム1世(1027〜1087)に始まります。
王たちは戦いによって地位を勝ち取った最高特権者であり、国益のために異国人との政略結婚を繰り返してきたため、日本の皇室のように血統を守ってきた唯一の一族というわけではありません。しかし、イギリス王室も、皇室と同様に国民から愛され、「国民統合の象徴」として社会の安定機能に寄与してきました。
議会制民主主義のイギリスは二大政党制であり、両党派で激しく権力闘争を行ってきましたが、王室という国民全体から敬愛される「権威」があるため、国民のまとまりは守られてきたわけです。
馬渕 日本の天皇も、日本国の最高の「権威」であり、権力は国民の代表に委任されているのです。つまり二権分立(権威と権力の分立)の政治体制ですね。イギリスも同様に権威と権力の二権分立体制といえますね。そのせいでしょうか、皇室とイギリス王室は歴史的にも関係が深いですね。
岡部 はい。そもそも、近代日本を初めて訪れた「国賓」がイギリスの王族でした。明治2(1869)年7月、当時のビクトリア女王の次男アルフレッド王子が、オーストラリア訪問の帰路に日本に立ち寄っています。皇室とイギリス王室の交流は明治維新直後から約150年もの長きにわたるわけです。
天皇陛下も皇后さまも、オックスフォード大学で学ばれたご経験があり、天皇陛下はその後もイギリスを訪問し、エリザベス女王など王室のメンバーと交流を深められてきました。2019年10月の天皇陛下の即位の礼には、チャールズ皇太子がエリザベス女王の代理として参列しています。
イギリス王室は二度、天皇皇后を国賓として迎え入れました。1971年には昭和天皇と香淳皇后が、1998年には上皇ご夫妻が訪問されています。
一方、イギリスからは1975年にエリザベス女王と夫のフィリップ殿下が国賓として訪日するなど、ずっと深い関係が続いているんですよね。残念ながらコロナ禍で延期になってしまいましたが、天皇皇后両陛下が即位後初の訪問先としてお選びになったのもイギリスでした。
皇室と王室の深い関係は、日英関係の重要な要素であり、両国政府もそのことに非常に重きを置いてきました。日英が干戈を交えた第二次世界大戦後の和解においても、上皇陛下が果たした役割は少なくありません。
戦後のイギリスは、日本軍の捕虜となった人たちを中心に、日本への恨みの感情がかなり強く、和解のプロセスが始まるまでに時間を要しました。それに対して、1998年の上皇陛下のイギリス訪問が、和解に向けた動きに大きな役割を果たしたというデービッド・ウォーレン元駐日英大使の指摘もあります。
もちろん、上皇陛下の訪英は政治的なものではありませんでしたが、イギリスの大衆に日本のメッセージを伝え、和解ムードを高めることに貢献したことは間違いないと思います。
馬渕 今の岡部さんのお話をおうかがいしていてもよくわかりますが、やっぱり皇室も王室も、存在そのものが大変貴重であり、重要なんですよね。
イギリスでは王室がそうであるように、皇室は日本国家と国民の力の源泉です。この源を破壊してしまえば、国家と国民の力の低下につながることはいうまでもありません。だからこそ、それを狙っている国内外勢力の暗躍に、私たちは警戒を怠ってはなりません。